13
DEC
2007

哀愁

(当時32歳)

僕は中学生。バスケの名門チームに所属した新入生。
基礎練習を積み、いよいよチーム編成の時期。
何とかレギュラーになれそうで、フォーメーションを含めた練習に選ばれたときだった。

「おばあちゃん危篤、すぐに来なさい」との知らせ。

僕はすぐに駆けつけたい気持ちだったのだが、九州の田舎町に住むおばあちゃんの家までここからでは半日かかってしまう。何日か休む必要がある。今休んでしまったら手につかみかけたレギュラーの座を失ってしまうと不安になった。
監督に事情を説明し、数日休む旨を伝えた。
「もうフォーメーションの練習は始めたのか?」と聞かれ、「ちょうどこれからやろうとしていたところでした」と答えた。「よかった。始めからフォーメーションを組み直さなくていい」それは、僕がレギュラーから外されたことを意味した。悔しかった。ほんとに悔しかった。正直に言うと、おばあちゃんを憎みさえした。でも、おばあちゃんはいつも優しかった。どんなわがままや文句も「はい、はい」と受け入れてくれた。そんなおばあちゃんが大好きだった。僕はちょっとでもおばあちゃんを憎んだことを恥じた。

おばあちゃんの家に着く。親戚や見覚えのない人たちがたくさんいた。その人たちにとってもおばあちゃんはおばあちゃんであり、またお母さんなんだなぁと思うと、みんなに囲まれたおばあちゃんを思うと、ふわぁっとした暖かさがあった。容態は落ち着いていた。どうやら高熱が続いただけらしく、命に別状はなかった。僕は張りつめた緊張が解け、泣きそうになったのをぐっとこらえた。目に涙が溢れた。

知らないおじさんが娘を連れて近寄って来た。その娘には見覚えがある。同じ中学のたしか一つか二つ年上のお姉さんだ。まさかお姉さんにとってのおばあちゃんと僕のおばあちゃんが同じで、つまりは血がつながっていることに驚いた。
「おばあちゃん、元気になってよかったです」と言うと、そのおじさんは「しぶといからねぇ、そう簡単には死なないよ」と冗談交じりで言った。冗談でもそんなことを言うことが許せなかった。さらに僕がおばあちゃんの印象を話すと、おじさんは驚いた顔をして「優しい!?とんでもない!あの嫌味ばかり言う人が!?」と言った。信じられなかった。同じ人のことでも、関わる人や環境によって印象が全く違うことがある。

そして目が覚めた。

そう、今書いたことはすべて夢の話。ほんとうにあった話でもなんでもない。完全なるフィクションだ。実際、おじさんはとてもいい人だし、おばあちゃんは僕が小学生のときにすでに天国に行ってしまった(数回しか会ったことがないが、その記憶はとても明確に今でも心に焼き付いている)。

目覚めた布団の中で、おばあちゃんに守られてる気がした。

自分の孫を想像してみた。自分が生きている間に孫を見ることはできないだろうなぁと思ったら少し淋しくなった。まだ子供もいなければ、結婚さえしていないのだから。
でもいいんだ。それが自分の選んだ道だから。哀愁漂う空気の中で、もがいてあがいて、そうすれば光が見えると信じている。

おばあちゃんに守られてる気がする。
哀愁の匂いを微かに感じた。

メッセージ、DMでお待ちしてます